読書記録001

  • 2012/04/16(月) 16:02:04

神戸元町商店街に「海文堂書店」というのがあって、その二階で古本を扱っている。
もう消えてしまったが、ネットでタモリ倶楽部の動画を見ていると
古地図を片手に東京を歩き回る会があり、
とても面白そうなのでまねをしたくなり、
神戸の古地図を探しに上記の本屋を訪ねたのであった。

結論から言うと、神戸の古地図は売っていなかった。
その代わり満州の古地図が500円くらいで売っていたが、
別に満州に関わりはないので何も買わずに帰った。

「読書記録」というカテゴリを作ることにする。
漫画はあまり描いていない。ちょろっとネームを切ったくらいだ。
漫画を描かないで、図書館から借りた本を読んでいる。
おもしろそうな本を借りているので、当然だが、大抵おもしろい。
ひょっとすると、自分で描いている漫画より面白いかもしれない。
だとすると私の読者は、私の漫画を読むよりも、
私が借りてきた本の紹介を読むほうが、おもしろいかもしれない。

以上のような仮定のもと、本の紹介をすることにする。
おもしろい本も、おもしろくない本も、まあ適当におもしろおかしく書く。
第一回は「むかしの神戸」和田克己・編著(神戸新聞総合出版センター)。

副題に「絵はがきに見る明治・大正・昭和初期」とあり、
文字通り当時の絵はがきの掲載と、その解説をまとめた本。
実は以前に、甲南大学の教授や地元企業家がまとめた神戸の歴史本も読んでいたのだが、
記録するようなおもしろいことはなかったのでもう忘れた
ひとつだけ憶えているのは、
「明治維新以前の神戸には、特筆すべき点はとくにない」の一文であろうか。
イカす。
源平合戦の那須与一から明治維新まで「特になし」イカす!




「海文堂書店」のある元町商店街、明治中頃のようす。
"SAKAEYA.co"と看板が読める。
電柱の下にたむろしてるガキはもちろん裸足
同書p.54より抜粋。



 明治の初めに大手、札場、城下、八幡町などの町名が付けられたが、明治7年、栄町通が完成した時に元町通と改称された。「神戸の元の町」という意味であったらしい。1丁目から6丁目までつくられ、両側に多彩な商店が隙間なく並んだ。現在も高級店や風格のある店が並ぶが、古老たちは「廉く大衆的な新開地に比べ、元町は高いが洒落た品物が並んでいた」と語る。そんな元町商店街にも、明治から大正に掛け、割引セールの「誓文払い」が人気の中心だった時代もあった。11月中旬の1週間、どの店も入り口が隠れるほど商品を積み上げ、定価の4〜5割引で売った。



してみると、いまとたいして変わっていない。
いやむしろ、昔と変えないように努力して今の元町があるのか。
どちらかというと和田さんの書き方によるところが多いような気もする。
誰だよ古老って。





今の元町商店街。アーケードができたのは昭和28年。
右手に写っているのが例の 満州の古地図を売る本屋 海文堂書店。






そしてこれが明治22年の神戸駅。
神戸→大阪(約33km)の開通は明治7年であるが、
これは22年の改装した二代目神戸駅である、とのこと。
手前に敷いてあるのが路面電車の線路。(電車?)
なぜか坊主頭の書生が手ぶらで歩いている
しかもひとりで。何の用があってうろついているのか疑問が残るが、
もちろんこの本はそのことについて触れたりはしない。


そしてこれが今の神戸駅。



以下p.57より抜粋。



神戸駅は、兵庫港の東にあった福原遊郭を含む約7万坪の土地に建設されたが、土地の大半は、兵庫の富豪・北風正造の寄贈であった。駅舎は煉瓦造り平屋建て約800坪。国の威信を懸けた豪華な建築で、英国からわざわざ取り寄せた銀紙包みの高級煉瓦を、一戸ずつ積み上げ、窓にはビードロが飾られ、広場には噴水を造った。設計は英国人。駅は三ノ宮、西宮だけだったが開通後、住吉、神崎両駅が出来た。機関車が英国人なら、機関士も、主な職員も英国人で、日本人駅長は顧問の彼らの指導を受けた。神戸→大阪の所要時間は1時間10分。料金は上等1円、中等70銭、下等40銭。米1kg5銭の時代である。




どうでもいいが神戸開港から約7年で機関車が走るとか、マジありえない。
新橋→横浜にいたっては開国から約5年とか、まじハンパない。
時は1874年である。
そして20年後には清朝中国と戦争して勝ち、満州国をつくったりする。
なんなんだこの国は?
というかどこにそんな金があったんだ?
これについては、また調べます。


本というのは基本的にマニアックなので、おもしろい。
マニアックであるために、読むたびに疑問が増えていくので、
次から次にまた別の本を読むハメになる。
それがおっくうなので、しばらく読書をやめていたが、ダメだった。
だいたい何かをやり続けることより、やめることのほうが難しいのだ。
というわけで第一回の記録はおしまい。
神戸にいない人にとっては何の興味もない記事かもしれない。
そうでないかもしれない。どうかな。

余談だが神戸駅より西、板宿や須磨、垂水の人々が、
三ノ宮役場へ出向く足を作るために地域住民が力をあわせ、
あの鵯越の絶壁を切り開いて線路を敷き、めちゃくちゃな工期で
機関車を走らせた記録もおもしろいのだが、また次回